


徳洲会グループ代表 徳田 虎雄
新医師臨床研修制度が実施され、数年が経ちました。毎年、徳洲会グループの新研修医の皆さんの採用は、100名以上で、医師国家試験合格者の約2%の方を採用しています。
医師の研修にとってもちろん多くの医療知識や高度な技術を習得するということは基本ですが、医師の国家試験に合格し、今後何十年と医師を続けていく中で、自分はどんな医師になりたいか、またなっていかなければならないかを考えることも大切なことではないでしょうか。
当グループの臨床研修病院は、北は北海道から南は沖縄まで全国に37施設を数え、農村離島から大都市まで様々な地域で医療を展開しています。それらの病院は、多くの医学生の皆さん一人一人にとって今後のご自身の医師像を想起し、実践できるだけの施設であると考えています。
徳洲会グループ病院での研修は、研修医の皆さんに高い倫理観と豊かな人間性を、また常に科学的な妥当性、探求能力、また社会発展に貢献する使命感と責任感を持った「全人的な医師」の育成を目指しています。さらに医療・医学は、患者さんのためにあるという「医のこころ」の教育を重視しています。
1978年第1期生の4名の研修医から始まり、昨年度の第29期生の入職者で1,750名を超える研修者を育ててきました。
徳洲会グループの多くの研修修了者は、徳洲会グループ内の施設で院長、副院長・各科の部長などの重要なポストに就いています。


- スーパー・ローテーション方式(総合診療方式)で、基本的に、内科、外科、産婦人科、小児科、救急(麻酔含む)、精神科、地域・保健医療(僻地離島医療)のローテーション研修をおこないます。この期間に、徹底したプライマリ・ケアとエマージェンシー・ケアの修得をおこないます。
(研修システムの詳細は、「徳洲会グループ病院の臨床研修システム」を参照して下さい。)

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初期研修修了後は、引き続き後期専門研修として選択科のスペシャリストの研修に進むことができます。
- 徳洲会グループ病院及び医療研修協力施設間で研修交流も盛んにおこなっておりますが、優秀なジュニア・スタッフに対しては、希望により専門分野のさらなる研修のため、国内外を問わず大学病院や一流研修施設において、短期・長期の留学も積極的におこなっています。
- 文部科学省のリーディングプロジェクトに指定されている「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」のメンバーに東京大学医科学研究所など8施設とともに選ばれ、また徳洲会グループ自体としても、昨年2月にオンコロジーセンター、そして4月に治験センターを立ち上げ基礎医学の部分でも大きく貢献し始めています。

- 徳洲会グループ病院及び医療研修協力施設で研修し、スタッフとなった優秀な指導医や海外や国内の一流研修病院、大学・国公立病院でトレーニングを受けた専門医がおこないます。
- 1997年度からは、日本にいながら米国のスタンフォード大学、コーネル大学、UCLA大学等の著名なティーチング・スタッフの指導が受けられる研修プログラミングが定期的に実施されています。
- 徳洲会グループ病院の指導システムは、かつては中国、そして近年はタイ、フィリピン、モンゴル、セルビア・モンテネグロ(旧ユーゴスラビア)、ブルガリアからも研修医師を多数受け入れており、さらに病院建設の協約書を結んだセネガル、ウガンダ、タンザニア、を中心にチュニジア、コートジボアール、ガボン、コンゴ民主共和国、南アフリカ共和国などから医師の研修を受け入れ世界的な交流も盛んにおこなっています。

- ジュニア・スタッフを経験後、徳洲会グループ病院および医療協力施設を含めて256施設(65病院・50クリニック、診療所・48福祉施設・19の訪問看護ステーション、74の介護支援所等−2007年12月1日現在−)の指導スタッフとしての道も開かれています。
医学生のみなさん、是非徳洲会グループ病院の研修医教育システムを見学に来て下さい。豊富な症例、最新の医療機器、優秀で経験豊かな指導スタッフに支えられた、プライマリ・ケアの修得、エマージェンシー・ケアの対応から高度先進医療の実践まで、幅広い卒後臨床研修システムを理解していただけると思います。
皆さん方が徳洲会グループ病院で研修していただけるのを心からお待ちしています。

鹿児島県の離島、徳之島に育った私が医師を志して大阪に出てきたのは、3歳の弟の死がきっかけでした。夜中に弟が医師の診療を受けることもなく、息を引き取った時、「我が家が裕福だったら」という思いは、すぐに「真夜中でも、貧乏人でも診る医者になる」という決心につながりました。私にとって医療の原点は弟の死であり、医療の実践は患者の立場に立った「生命だけは平等だ」という信念を生かすことに他ならないのです。
ご承知のように、日本の経済成長の配当は医療の世界にも及び、国民皆保険制度の発足以降、医療「費」の保障制度は普遍的なものになりましたし、医師も患者も懐具合を心配しながら治療する場面も少なくなりました。その反面、医療保険の財政規模が拡大するとともに、医療保険を預かる官僚も医師も医療の原点である「患者の顔」を忘れ、保険財政がどうなるかとか、どうすれば診療報酬の点数が増えるかなどといった医療「費」の問題ばかりに焦点があたるようになり、コストの問題ばかり考えて患者不在のとんでもなく心の貧しい歪な医療制度がうまれつつあることに怒りを禁じ得ません。
先の国会で、「医療制度改革法」が成立し、「三方一両損」と称して、一部負担金や高額療養費の支給基準の引き上げが決まり、患者の負担が大幅に増加することになります。また、保険料率が引き上げによる被保険者の負担増と四月の診療報酬のマイナス改定による医療機関の「損」でバランスが取れたということになっています。その陰で、老人保健拠出金の仕組みの変更など様々なトリックによって国庫負担率が大幅に引き下げられ、患者不在の「財政操作」になってしまっています。もちろん財政論の重要性は否定するものではありませんが、医療人としては「患者に対し、どのような医療を提供するか」「どのような療養環境を提供するのか」といった医療の原点に立ち返った論議がなおざりになっていることに危惧の念を抱かざるを得ません。特に、先送りされた高齢者医療の問題は、まるで「ババ抜きゲーム」のように、高齢者医療「費」の負担押し付け合いの様相を呈しています。患者がご高齢であろうが働き盛りであろうが「生命は平等」であり、「誰が無駄金を負担するか」のような議論を私は容認することはできないのです。
昨年九月に厚生労働省は「医療制度改革試案」として官僚版医療改革のシナリオを公表しました。これによれば、平均在院日数を15日以下に短縮することによって126万床ある「その他病床」を60万床に圧縮する、病院の外来は救急と紹介状を持った患者だけにする、重要な手術は特定の病院に集中する、長期入院患者は医療保険では対応しない(介護保険に移行させる)などといった構想が打ち出されています。この四月の診療報酬改定も、今回の健康保険法等の改正もこのシナリオに則ったものです。
これらの構想も「医療経済学」的な数字合わせとしては正しいのかも知れませんが、どこからも主人公である患者の顔が見えてきません。私たち臨床の現場で苦闘している医師にとって、外来患者の診療費が病院と診療所とで差(病院の方が相当に低くなっています)をつける合理的な理由も、紹介患者以外を拒む正当性も理解できません。それ以上に、徳洲会グループは、私の「生命だけは平等だ」という原点に立って、僻地や離島に多くの病院を運営していますが、離島で脳卒中を起こした患者を飛行機に乗せて都会に運んで手術をすべきだとは考えていませんし、特別養護老人ホームのない離島の病院長は、一人暮らしの要介護老人の方を本土に送り出した方がそのまま故郷の病院に入院させておくより本人の幸せだと信じることはできません。
2001年の春、ハーバード大学の医学部長や病院長等幹部の方々との夕食会で、私が「生命だけは平等だ」を原点とした弱者のための医療をめざしていることを聞いて、彼等は「それはビジネスでも宗教でもない。私たち米国が20年前になくしてしまったノーブル・オブライジ(noble oblige)、いわゆる強い人が弱い人を助ける当然の義務のようなものかもしれない。現在の米国の医療が、HMO(医療保険)へ顔を向けすぎるあまり、患者不在の医療になりつつあるのを危惧している」と話したのを思い出します。
このような「大都会発」「保険官僚的財政論発」の制度改革に対して、私は力の続く限り「地方発」「患者発」の観点に立って地域医療を守っていきたいと考えています。 (昭和40年卒業)
大阪大学医学部学友会誌寄稿文(2002.Vol.22)を転載しました。
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